白血病からの生還(データ付き)

白血病で幹細胞移植を受けた詳細の記録です。

2回目の退院その5

4回目の抗がん剤

さて、6月21日に弟の造血幹細胞の採取が終わり、あとは無菌室が空くのを待ちながらの抗がん剤投与となりました。

6月27日から5日間の投与でしたが、初日の血球数は

WBC 1460 (基準値3800-9600)

Hb 10.2 (13.7-17.4)

Pl 69000 (131000-365000)

と前回正常値まで戻っていたPl(血小板)までが低くなっていました。Blast(球芽)も30%と高めの数字です。

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データを見ていただくとよくわかると思うのですが、項目46番~50番の白血球の要素がの数値が”フノウ”と言うのが、事の重大さを物語っています。最初、このフノウの意味が分からず、楽天的な私は検査が間に合わなかったんじゃないか?とか思っていましたが、後日主治医に聞いたところ、測定限界以下と言われました。

退院して通院での治療をしていたわけですが、実はかなり重症だったみたいです。家の中でちょっとした片付けをしたり、階段を上り下りするだけで、息切れとかなりの疲労感が襲ってきていました。

前回同様に、ビダーザの投与を受けていて、3日目に看護師さんがやって来て、「外人さんの入院患者さんがいるんだけれども、なかなか伝わらなくて、生ものを食べてはいけないって言っているのにも関わらず、生クリームのケーキを食べているんです。どう説明すれば良いのですか?」と聞かれ、なるべく簡単な表現でメモを作り渡しました。渡しながら少し発音練習もして。(笑) 4日目に同じ看護師さんがやって来て、「バッチリ伝わりました。ありがとうございます。」と感謝されました。これで点滴代、少し安くしてくれないかな?なんて思っていました。

前回、NHKの”仕事の英会話”を見ていたのと、海外赴任経験がある事が広まっていたようでした。しかし、日本にやって来て、私と同じような血液系の病気に罹っている外人さんも大変だと思ってました。お金にしろ、身の回りの事にしろ、不自由で仕方がないと思いました。もし自分が、海外でこんな病気になってしまったらと思うとぞっとします。

入院中にも感じていましたが、私も含めて老若男女いろいろな患者さんに対し、丁寧に接してくれて、説明してくれる看護師さん医師団の皆さんには頭が下がります。命を預かる仕事とは大変な仕事だと思いました。

5日目の血球数は

WBC 1420

Hb 9.8

Pl 111000

と低いままです。抗がん剤ビダーザで寛解まで持ち込むのはどうも無理のようだとこの時感じていました。

次のビダーザの投与は7月22日からとなり、それまではまた感染症に十分注意して過ごすように主治医に言われ帰宅しました。

もちろん、生クリームのケーキも禁止です。(笑)続く。